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明☆きのの学院

美しく、豊かな未来を創造する 明・きもの学院

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和を楽しむ

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【和を楽しむ 五月 「田植え」の話】




・・・・・ 母の日 ・・・・・

日本やアメリカでは、日にちを決めているのではなく曜日として、5月第2日曜日と定められ、祝われています。
母の日は国によって、日にちが大きく異なります。母の日は20世紀初頭にアメリカで始まりました。
1907年、ウェストバージニア州で教師をしていた
アンナ・ジャービスが、自分の教会学校の教師であった亡き母親を覚えて、教会で記念会をもち白いカーネーションを贈ったのが始まりといわれています。その記念会でアンナ・ジャービスの母への想いに感動した人々は母をおぼえる日の大切さを認識し、その3回忌にあたる5月8日に、ジャービスは友人たちに「母の日」を作って国中で祝うことを提案しました。翌1908年の5月10日、彼女が勤めていた学校に470人の生徒と母親達が集まり、世界で最初の「母の日」を祝いました。彼女は参加者全員に、彼女の母親が好きだった赤いカーネーションを手渡したということです。このことから、赤いカーネーションが母の日のシンボルとなったといわれています。日本では、昭和時代に皇后(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)に行われていましたが、1949年ごろからアメリカの例に倣って5月の第2日曜日に行われるようになりました。


・・・・・ 鈴蘭 ・・・・・

ユリ科(APG植物分類体系ではスズラン科)スズラン属に属する多年草の総称。君影草(きみかげそう)の別名もある。花言葉は「幸福が訪れる」「純潔」「純粋」。
本州中部以北、東北、北海道の高地に多く自生する多年草。北海道を代表する花として知られる。地下茎は横に這い、地上に茎を伸ばす。葉鞘の筒が直立し、その先端から楕円形の葉が2枚くらい展開する。葉は緑色で柔らかく、わずかに粉を吹く。春から初夏にかけて芳香のある鈴のような白い花を複数個、葉の下側に隠れるようにつける。花は壺状に丸まって下を向き、花の名もこれを鈴を下げたものと見立てたものである。フランスでは5月1日をスズランの日とも呼び、好きな人やお世話になっている人へスズランを贈り、スズランを贈られた人は幸せになるといわれている。毒性が強く、強心配糖体のコンバラトキシン 、コンバラマリン、コンバロシド などを含む有毒植物。有毒物質は全草に持つが、特に花や根に多く含まれる。
摂取した場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの中毒症状を起こし、重症の場合は死に至る。スズランを活けた水を飲んでも中毒を起こすことがあり、これらを誤飲して死亡した例もあるとのこと。


・・・・・田植え・・・・・


五月のGW頃になると、今まで土の色をしていた田んぼに緑の絨毯が敷きつけられてくる、日本列島における稲作の歴史は永きに渡って弥生時代に始まるとされてきた。しかし、近年になって縄文末期に属する南溝手遺跡の土器片中からプラント・オパールが発見されたことにより、紀元前約3500年前から陸稲(熱帯ジャポニカ)による稲作が行われていることが判明している。また朝寝鼻貝塚の6000年前の地層からイネプラントオパールが発見されたことによって、縄文時代前期にまで遡れるとする説もある。
昔の日本の田植は、足元の悪い水田の中で身体を二つ折にし、腰に括りつけたびく(籠)などに入れた稲の苗を手で数本ずつ植えていく過酷で単調な作業であった。現代では田植機の発達により短時間で拾い田に田植が出来るようになっている。

日本の主食は「米」、日本の民族衣装は「きもの」明☆きもの学院でも日本の伝統、守っていく為少しでもお役に立てるよう努力して行きたいと思います。


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【和を楽しむ 四月 「十三参り」の話】



・・・・・ 清明 ・・・・・

清明は新しいことの出発に、空はあくまで清く澄み、明るい自然界エネルギーの満ち溢れる季節で、モクモクと沸き立つような常緑樹の芽吹き、そして落葉樹の小さな美しい
緑葉・・・・・清明とは、草・木・花、全て清らかな風に
揺らぎ、清新の気がみなぎっていることをいいます。
日の出も六時頃となり、虫・鳥・動物の動きが活発です、人間界にもそれは通じることで、入園・入学・入社・転勤など新しい世界への旅立ちも、自然界の活動と同調しています。


・・・・・ 清明 ・・・・・

穀雨は大地に栄養をもたらす、これから植える、五穀(米・大豆・麦・粟・きび)などの穀物にとって必要な雨がこの時期のもの、自然界は生物のために、計画を怠りなく実行するのです。


・・・・・十三参り・・・・・

「知恵参り」ともいわれる」十三参り」
ちょっぴり大人の世界に入るようで、橋を渡るときは、ドキドキです数え年で13歳(厄年)に成長した男女が厄難を払い、知恵を授けてくださるように、虚空蔵菩薩を参拝する行事、13歳は12の干支が一巡し、自分の干支に回ってくる初めての年で、子供から大人へと成長する時期。女の子には大人のきもの(本裁ち)を着せて、大人になるのを祝い祈ります。
ここで大人への第一歩を歩み始める方々に、お箸のタブーな使い方
ねぶり箸・・・箸をなめること
さぐり箸・・・器の中で料理を箸でかき回して探すこと
刺し 箸・・・箸で料理を突き刺すこと
涙  箸・・・箸の先から汁をしたたらせる事
迷い 箸・・・箸をあちこちに動かしてどの料理を
      食べるか迷うこと
せせり箸・・・爪楊枝の代わりに箸を使うこと
寄せ 箸・・・器を箸で引き寄せたり押したりすること
拾い 箸・・・箸から箸へ二人の間で料理を受け渡すこと
押し込み箸・料理を箸で口の中に押し込むこと
変り 箸・・・一度料理に箸をつけて止めてしまうこと
渡し 箸・・・器の上に箸を渡して置くこと
つきたて箸・ご飯に箸を突き立てること
もぎ 箸・・・箸についている料理を口でもぎ取ること
かき 箸・・・料理を口にかきこむこと
など日本古くからの習慣、現代でもマナーとして考えていきたいものです。


・・・・・ 「四月のおしゃれ」 ・・・・・


帯つき姿になりたい、
花冷えもあるこの頃は、薄手のショールや大判のスカーフは持つにしても、羽織やコートはすっかり脱ぎ捨て、帯つきの姿で歩きたいものです、生成りの色や、モノトーンのきものの地色がなじむように思います、つまり、無地感覚の方が美しいのではないでしょうか。

四月になると、新入生・新社会人が街にあふれてきます、新しい環境に希望を持って歩みだす皆さんの姿は実に晴々しいものです、
人生の中でも晴々しい状況は少なくないと思いますが、その中で結婚式は最も華やかなものではないでしょうか、最近では新郎新婦の衣装は洋装が主流ですが、まだまだ和装でという方もいるのではないでしょうか、白無垢姿の新婦、紋付袴の新郎は日本の民族衣装であるきものの代表格です、そのきものを着付ける技術も大変難しいものです、「明☆きもの学院」ではその技術も着付師の最高技術として講習・実践しております、日本人の晴れの姿は「きもの」で!

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【和を楽しむ 三月 「袴の装い」の話】

・・・・・ 侘助椿 ・・・・・

椿の花は、何百種類とあり、おおむね12月〜4月まで楽しませてくれますが、彩の少ない冬場に鮮やかな花を咲かせるので、茶花としても、貴重な花といえます。
赤・白・ピンク、一重や八重があり「東洋のバラ」とも呼ばれています、椿の生け方で季節を表すとされています、寒いときは葉の下につぼみを持ってゆき、雪を除ける姿を、逆に、葉の上に花が半開きに咲くようにすると春を表現するそうです、椿の中でも有名なのが「侘助椿」花が一重で赤く小さいもの。その名の由来は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時、「侘助」という者が持ち帰ったとされています。他には「乙女の祈り」「太郎冠者」、椿全体の中でも、「花かんざし」「薄化粧」など風情のある名前もたくさんあります、名前を見ているだけでも飽きる事無く、色々と想像してしまう花、椿って凄いですね。

・・・・・袴の装い・・・・・


晴れの卒業式思い出がいっぱい、夢がいっぱいの日に、清楚で愛らしくそれでいて社会に旅立つ儀式にふさわしく、凛として、誰もが憧れる、学生生活最後の晴れ姿が袴姿なのです。衿元はくだけすぎずに、袴は少し高目にして、重ね衿をきかせて、袴のリボンは愛らしく、気品の高い着つけをしたいものです。
フォーマルとしての装い
○色無地紋付
   染め抜き一つ紋、又は縫い紋
   鮫小紋に一つ紋を入れたもの
○袴の色は海老茶、紺、濃緑色等が一般的
  (行灯袴・・・スカート状のもの)
○半衿は白、又は色衿、刺繍入り等
○重ね衿はきものの色に調和したもの
○帯は半巾の無地、縞等
○ハッグはフォーマル用の小型のもの
   巾着型、手提げ型、抱え方等


明☆きもの学院では今年もたくさんの卒業生の袴の着つけを行う予定です、皆さんの晴れの日のお衣装に携る仕事をさせて頂くため、日々練習に明け暮れる毎日を過ごしております。
着付師養成塾の者やプロ着付師に所属している者、皆総動員して、「技術の明☆きもの学院」の名にふさわしい仕事をしてまいります、この「和を楽しむ」をご覧になった方々で、「きものを着せてもらいたい」と思われた方がいらっしゃいましたら、是非 お問い合わせください。
「きれいで・疲れない」きものの着つけを体験できると思います。

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【和を楽しむ 二月 「針供養の話」】













・・・・・ 「如月」 ・・・・・

二月・・・如月・梅見月(うめみづき)・雪消月
・・・春を感じさせる花達・・・
」・・・今ではお花見といえば、桜のことですが、万葉の時代、花といえば「ウメ」のことでした、「朿風吹かば にほいおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」学問の神様として知られる「菅原道真」が、大宰府に流されることになり、この歌を詠んだところ、書斎の庭に植えてあった梅の枝が、一夜にして「道真」が行く九州にお飛び移って根ついたといいます、この故事から「忠実」という花言葉も生まれました。
蝋梅」・・・梅に似た清らかな黄色い花が「ろうばい」です、花が蝋細工に見える梅に似た花なので「蝋梅」と書かれるとの説もあります、その芳香から英名は「Winter Sweet(ウインタースイート)」と呼ばれています。中国原産の落葉低木で、高さは3m前後になります、日本には後水尾天皇(在位1611〜1629年)時代に朝鮮を経て渡来したと云われています、花やつぼみから抽出した蝋梅油には鎮静・清新安定などのアロマセラピー効果や火傷治療・解熱などの薬効もあるといわれています。
スノードロップ」・・・日本では「待雪草」と呼ばれています。禁断の実を食べてしまったアダムとイブは、降りしきる雪の中へ、楽園から追い出されてしまいました、そこへ天使が現れて、「もうすぐ春が来るから絶望してはいけませんよ」と二人を励まし、冷たい雪を「スノードロップ」に変えたというお話があります、「希望」「慰め」という花言葉はこんなところから生まれてきたようです。
節分草」・・・節分の頃、石灰岩地に咲く白い小さな花。学名「エラシス」はギリシャ語のer(春)、anthis(花)が語源とされ、春の花という意味です、花びらのように見えるのは萼で、花は退化して蜜腺になってしまっていて目立ちません。 普通は白いのですが,黄色い花の咲くものはキバナセツブンソウ(黄花節分草)と呼ばれます。春に芽を出し,節分の頃に咲くからこの名前になりました。

・・・・・ 節分 ・・・・・

季節の移り変わる時、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指し、季節が変わる節目の事を節分という、特に立春の前日の事を言う、豆まきの風習は室町時代に始まり、中国から伝来した宮中の年中行事「追儺(ついな)」の儀式「鬼やらい」が元だといわれています、疫病や災害を鬼に見立てて追い払う行事です、柊の枝にイワシの頭を刺して家の門にかかげる、節分特有の飾り、豆まきが定着したのも室町時代の中期以降のこと。

・・・ 針供養 ・・・

2月8日は日ごろ、女性が使っている針を供養する行事、江戸時代から始まった女性のための行事です、この日は針仕事を休んで折れたり曲がったりして、使えなくなった針をこんにゃく、豆腐、餅などに刺して、川に流したり、近くの神社やお寺に針を持ちよりました、そして、日常生活に欠かせない針に感謝をささげるとともに、針仕事の上達と安全を祈ったのです、この針供養は地域によって2月8日と12月8日の年に二回行いますが、この二日は事始めと事収めという厄日に当たるため針仕事を休んで供養するようになったとのことです、最近この行事はあまり見られなくなりましたが、和裁を教える学校などでは現在でも針供養を行っているようです。

明☆きもの学院でも新春恒例行事として、1月26日
(土)に「新年会」をグランドプリンスホテル赤坂で開催いたしました、歌あり・笑いあり・景品ありの楽しいひと時を、講師・生徒、皆ですごしました。

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【和を楽しむ 一月 「振袖の話」】














・・・・・ 春の七草 ・・・・・

一月(お正月)・・・睦月・嘉月「かげつ」・年初月
一年の計は元旦にあり、などというように、一年の節目として日本人は正月をことのほか大切にしてきました、正月には年神様という新年の神様が各家庭に降りて来ると考えられ、その年の幸運を授けてもらうために、さまざまな習慣が定着しました、現在多くの伝統的な習慣が忘れられていく中で、初詣や雑煮を食べる習慣など、正月行事はいまだに多くの日本人が大切に守り続けています。

※お正月の箸・・・片方は神様が食べ、
片方は自分が食べる。

    1月7日(七草がゆ) 人日の節句
春の七草・・・「せり・なずな・ごきょう(ハハコグサ)・はこべら(ハコベ)・ほとけのざ(タビラユ)・すずな(カブ)・すずしろ(ダイコン)」

          由来
古い中国の習慣が日本に伝わり、醍醐天皇の延喜11年から正月七日に七種の若菜を調達することが公式化され、「枕草子」にも「七日の菜を六日に入がもて騒ぐ」の記事があるように七日の朝七草がゆをたいて「無病息災」を祈る慣わしが出来たとのことです。

・・・・・成人式・・・・・

成人式は昔の「元服」にあたり、」奈良時代に男児が大人となったことを表すために服を改め、髪を結い、頭に冠を加える儀式です。
平安時代、女児の成人式に当たる儀式を「裳着(もぎ)」といいました、公家の正装を唐衣・裳姿(十二単)といいますが、この裳を始めてつける儀式が「裳着」です、12〜14歳位に行われ、子供の衣服から大人の正装を身につけるようになります。
現在でも多くのお嬢さん達が「振袖」をおめしになっております。
昭和23年国民の祝日が制定され、昭和24年1月15日から「成人の日」として国民の祝日となりました、宮中や公家では元服が1月5日までに、武家では1月11日の鏡開きの日に行われたので、それらの日を避けて元旦に近いおめでたい日(小正月)を選び1月15日に決められました。近年では1月の第二月曜日が成人の日となっております。

「振袖」

華麗な文様で袖丈も長い振袖は未婚の女性の第一装・袖丈が長い程格調高く改まった感じになります。
振袖という名称が生まれたのは江戸初期でした、当初の振袖は子供と18歳までの未婚の女性の着るもので、振りのある(袖つけから袖下までが開いている)長い袖は若さの象徴でした、今も長い袖が持つ意味は変わりません。

振袖の袖丈
大振袖・・・125cm。振袖・・・114cm。
中振袖・・・87〜106cm。小振袖・・・76〜86cm

明☆きもの学院では、晴れの成人式の装いのお手伝いをさせて頂いております、「振袖」を着られ帯を結びあげたあとに鏡を見て、嬉しそうな晴れやかな笑顔のお嬢さんを見送らせて頂く時に、きものの素晴しさを実感します。きものを着ると背筋が伸び、立居振舞おのずと変わってきます、成人式の「振袖」を良い思い出にして頂き、またきものを着てみたいといって頂けるように、苦しくない、着崩れしない「着つけ」の技術を学院ではつねに追求しています。
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【和を楽しむ 十二月 「帯の話」】

















・・・・・ 師走 ・・・・・

年の終わりを指す「為果つ月(しはつつき)」が転じて『しはす』師が走り回るほど忙しい月といわれ『師走』となった。
歳末しはあちらこちらで「煤払い(すすはらい)」が行われる。電気やガスの普及していない昔は、屋内で薪などを燃やしていたため、煤もたまりやすかった。江戸時代には、公家・武家ともに12月13日に行うのが慣例であり、民間もそれにならっていた、元来は、正月の神を迎えるために家の内外や神棚を清める神事でもあったが、次第に「大掃除」としての性格を強め、生活様式の変化もあって、年末に移動してきている。ただし、現代でも西日本では、「正月事始め」として12月13日を正月準備開始の日とするところがあります。昔はお正月を迎える掃除は切り倒してきた笹竹の枝先で煤や埃を払ったもので、姉さん被りに襷がけの女性姿にも情緒がありました。

・・・・・ 師走の花 ・・・・・

一年で一番花の少なくなるこの時期に目を楽しませてくれるのが、
『山茶花』である、ツバキ科で学名「カメリアサザンカ」と言う、椿の漢名(中国名)「山茶花」が間違って「さざんか」となり今の名で定着したといわれている、花の香りは非常に良く、椿よく似ていますが違いは椿は花がいっぺんに落ちるように散ってしまいますが「山茶花」は花びら一枚ずつ散っていくというのが最もよくわかる違いといえるそうです、世の中が寒く暗いこの時期にまさに「華」を添えてくれる素敵な花といえましょう。


「帯」

きものを着るには、帯を結ばなければなりません。きものは帯があって豪華に見えるものです。同じきものであっても、帯によって格を上げることも出来るほど、その存在は大きいものなのです。
室町時代から江戸時代の初めにかけては、帯幅は二寸(約6cm、)前後の細いもので、秀吉の時代にはまだ細く、織物の中心は打掛、能装束でした、帯が今のようになったのは、江戸時代になってからのこと、江戸時代のファッションリーダー、歌舞伎役者の女形は、女性のような優しい腰つきに見せるために、自分の腰を隠すほどの幅の帯が必要でした、それが一般の流行となり、帯の幅は広くなっていったのです。
帯は形態によって幾つかの種類に分けられます、最も格の高い帯は、今日では『袋帯』です、袋帯の中には「本袋」と「縫袋」があり、成人式に着る振袖に結ぶ帯はほとんどが、脇に縫い目のある縫袋です、本袋帯は袋状に織って仕立ててあるものなので、両脇に縫い目がありません。『名古屋帯』はお太鼓になる部分(丈の三分の一くらい)を並幅とし、あとの部分は半幅に仕立てたもので、大正初期に名古屋地方の和裁の先生が考案したといわれています。名古屋帯は袋帯に比べると柄が少ない分、経済的なわけで、主に普段着に合わせますが、有職文様のような格のある柄によっては、訪問着にもあわせられます。このほかに『丸帯』があります、これは袋帯の倍幅を織って仕立てたもので、表裏に文様があります、もともと最も格式の高い帯だったのですが、大変高価ですし、いまでは花嫁衣裳に合わせるくらいでしょうか、この丸帯に代わるものとして、出てきたのが袋帯なのです。

今年一年を振り返る月になってしまいました、長いようで「あっ」という間と思われる方もたくさんいらっしゃると思います、「明☆きもの学院」も一年間たくさんのイベントを企画し実行して参りましたが、来年も一月の成人式を皮切りに、より一層充実した「和」の世界を企画・実行して行こうと思っております、「和を楽しむ」ともども、明☆きもの学院の今後にご期待ください。
一年間ありがとうございました。



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【和を楽しむ 十一月 「コートの話」】





















・・・・・ 霜月 ・・・・・

十一月・・・雪待月、神楽月、霜降月ともいう、この月は急に寒くなり、冬に入る月ですが、小春日和になる事も多い。

・・・・・ 木に宿る木 ・・・・・

ヤドリギ・・・ヤドリギ科(原産 北日本) 
花言葉(征服、困難に打ち勝つ)。
ミズナラ・ブナ・エノキ・ケヤキ・サクラ・クリ・ナシ等の落葉樹に寄生する、常緑の小低木で、雌雄異株、花は早春に咲き、果実は晩秋に熟す。
茎は二又に枝分れしつつ、一年に一節づつ伸びる、節の数で樹齢がわかる。
小鳥の消化管を通って種子が、粘着性のある糞となり、木の幹や枝に貼り付く事に依り、分布を広げ、地に根も付けず青々と葉をつけ生命力を感じる。
古くから、万葉集、源氏物語、枕草子にも、その名が出ている。

「コート」

日本に於けるコートの始まりは、桃山時代に渡来した、ケープからと考えられ、ポルトガル語で「カパ」に「合羽」の文字をあてはめ、主に防雨用として、僧侶や下級武士に広まった。
コートと云う名は、明治中頃、被布えりをつけ、婦人用の東コートとしてうりだされた、素材、色彩、生活様式等は用途に依り、防寒、防雨、防塵、丈により半コート、七分コート、長コート、仕立に依りあわせ、ひとえに分けられる、和服のコートは、きもの姿を色むと云う制約ゆえ、素材、えり型、着丈等でデザインすることになり、きものとコートのもつ、雰囲気がその時の用途と一致するものであることが一番大切なことと伝えましょう。
和服コートのポイントは、衿の形で、やはり「へちま衿」やその変型、被布えりか道行えりの変型がもっとも一般的で、流行に左右されることもなく、きものの衿によく添い誰れにでも似合います。



・・・・・ きものの日 ・・・・・


『七五三』
11月15日は全日本きもの振興会が、昭和41年に「きものの日」に制定しました、またこの日は七五三の日であります、この行事が始まったのは、室町時代からだと云われています、中国での七五三は陽気を帯びた縁起のよい奇数と云われ、子供の成長を願って、お宮参りをします。三歳の子は「髪置きの祝い」五歳の男児は「袴着の祝い」七歳の女児は「帯解の祝い」をしてまいりましたが、今は15日にこだわらずに、9月の終わり頃から親の休みに合わせて行われるようです。

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【和を楽しむ 十月 「長襦袢の話」】





















・・・・・ 神無月 ・・・・・

は大気が澄むので月といえば、秋の月をいう、
立待月(たちまちづき)・・・陰暦 8/17 の夜の月で、だんだん月の出が遅れ、立って待っているうちに出る月という意味です。
居待月(いまちづき)・・・陰暦 8/18 夜の月で立待より少し遅れて、家の中でゆっくりと座って待っているうちに出てくるという、心待ちである「居待月」ともいう。

・・・・・ 味覚の秋 ・・・・・

秋も深まり 大気が冷える季節になります。

・・・・・ 栗「クリ」 ・・・・・
(ブナ科の落葉高木)

六月頃 花穂を出し、独特の臭いがある淡黄色の細花をつける、
果実は堅果で長い刺ののある「いが」で包まれ、熟すと、裂開して内から果実を散出する。

・・・松茸「マツタケ」・・・ 

アカマツの林の地上に自生する、地方によって「エゾマツ」「ツガ」の林にも生えることもある、
表面は灰褐色か淡褐色、裏面は白色、香りが命のきのこの王様。

「長襦袢」

長襦袢とは、きものの下に着て、きものの汚れを防ぐもの、きものとの違いはおはしょりをしないので、丈が「つい丈」である事と半衿をつけて着ることです、きものの下に着るため、袖丈と裄をきものの寸法とあわせる必要があり、きものの種類によっては袖丈を変えたりすると、それぞれの袖の長さに合う長襦袢を用意しなければならないので、袖丈は統一して作るのが賢明でしょう。
昔は裏地をつけた仕立の長襦袢も有りましたが、今は裏地をつけずに、袖だけ二重に仕立てた「無双袖」のものが基本です、季節によっては、単衣袖(夏は呂や麻の素材)のものを着ます。
長襦袢の衿は裾線まで衿がある、通し衿のものを関東仕立て、別衿に仕立ててある関西仕立てのものがあります、衿の仕立て方によって、きものの着姿の印象が変ります、関東仕立ては、衿の合さりが少なく「粋」な感じに、反対に関西仕立ては衿が深く合さるので、「上品」な感じの衿元になります、今の主流は、着易さから関西仕立てになっています。
きものの袖口や振りから、「チラリ」とのじて見える長襦袢の色や柄も、きものの美しさを引き出す要素のひとつです、10月は帯付きで袷の季節になります、きものの下に着るものとは考えずに、長襦袢のおしゃれをしてみたらいかがですか? 。
今年の例年にない異常な暑さも、やっとおさまり、少しずつ秋の色合に替わってきました、
そんな暑かった夏、明☆きもの学院では、夏休みを利用して、毎年恒例、生徒さん対象の、体験研修ツアーをに行ってきました、場所は、新潟県の十日町の草木友禅染工房で、友禅染の体験・研修をしてきました、友禅染の工程を、見学させて頂き、手のかかる緻密な作業にびっくししまし、その後出来上がった反物の素晴しさ・・・、古典的な友禅染のきものの美しさと草木染の色の深さにあらためて、日本のきものは素晴しいと感激致しました。
さらに友禅染の体験もさせていただき、糸目からはみ出さないように慎重に筆を運び、素敵な自分のらっかん入りの額が出来上がってきました、昼にはふのりをつなぎに使った「へぎそば」をいただき、酒蔵見学では、おいしいお酒に舌鼓をうち、枝豆やとうもろこし、冷やしトマトやおいしい煮物など素朴な味をご馳走になり、新潟の方々の、暖かい心遣いにふれあえる研修となりました。

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【和を楽しむ 九月 「帯揚の話」】
鷺草


花火


半纏

・・・・・ 秋の七草 ・・・・・

「萩・すすき・桔梗・撫子・くず・藤袴・女郎花」秋の七草は、万葉集のこの歌「秋の夜に咲きたる花を指折かき数うれは七種の花 萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花」で、山上憶良が補足し今に至っている、
春の七草は「七草がゆにして食べるなど、「食」を楽しむものですが、秋の七草は花を「見る」ことで楽しむようです。

「帯揚」
きものと帯の間にふんわりと結んで入れる帯揚げは、帯の形を美しく整える大切な役目のある小物です、江戸時代の終わり頃から登場し、現在のような小中の織物が確立されたのは、明治末期といわれています。素材は、縮緬、紋意匠縮緬、絽縮緬、紋意匠綸子。加工として、絞り染、反禅染、ぼかし染、型染、刺繍を施す絞り染のデザインがあり、白の絽絞りに金銀箔を用いたのは正装用に、鮮やか絽絞りは振袖用、あわい地色に型染絞りなどは、おしゃれ着に最適です。

「十六夜(いざよい)」

十六夜、陰暦 8/16 の月の出が満月より少しおくれ、「ためらう」つまり「いざよう」十六夜といういきなことば、初秋の月などみてはいかがですか、
「雪・月・花」は日本の美を代表する言葉です、秋は大気が澄むので月といえば、秋の月をいう、
立待月(たちまちづき)・・・陰暦 8/17 の夜の月で、だんだん月の出が遅れ、立って待っているうちに出る月という意味です。
居待月(いまちづき)・・・陰暦 8/18 夜の月で立待より少し遅れて、家の中でゆっくりと座って待っているうちに出てくるという、心待ちである「居待月」ともいう。
臥待月(ふしまちづき)・・・陰暦 8/19 の夜の月、 1 日 1 日遅くなる月の出を臥床の中で心待である、「寝待月」ともいう。
更待月(ふけまちづき)・・・陰暦 8/20 の夜の月、この夜の月は亥の正刻(午後 10 時)に出るというので「 20 日亥中」ともいわれる、臥得よりなお遅れるのを待つ心待がある。
二十三夜月(にじゅうさんやつき)・・・陰暦 8/23 夜の月、夜ふけて上る、下弦の月である、二十三夜待、 20 以降になると、月は 10 時過ぎないと出ない、それまでの闇を「宵闇」という。

9月になって、まだまだ暑いがきものは「単着」になり、帯は「紗」のものから「単帯」で「博多」などをしめます、最近は 9 月中旬までは、長襦袢は絽縮を着用している人が多い、帯揚、帯〆も秋物に変ります。
新学期で多くの生徒さんの講習が始まります、又七五三、来年の成人式に向け練習が始まります、 11/2 のきものショーに向けた練習も始まります、忙しく、又充実した時間になるでしょう。

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【和を楽しむ 八月 「帯締めの話」】
鷺草

稲の花

帯締め

花火

花火

半纏

・・・・・ 鷺草 ・・・・・
夏になると20cm位にすらりと伸びた、細い茎に、空を舞う白鷺に似た純白の小さな可憐な花を2個〜5個つける、江戸時代から親しまれてきた、日本を代表する「野生ラン」。花言葉は「芯の強さ」

・・「稲の花」・・
稲の穂を見ると、穎からこぼれるように、白い糸のようなものが、たれている、それが花である、二百十日前後がちょうど花盛りのころなので、農家の人は花季が、台風季を逃れるよう苦心する、 「風白く見えて渡りぬ稲の花」などと歌われている。

「帯締め」
平組と丸組が代表的、格と色で選びます

・・・帯締めの種類・・・
組紐技術は中国から日本に伝わったと云われますが、今では日本独特のものになっています、女性が帯締めをして用いるようになったのは、明治も終わり頃、それまでは「丸ぐけ」といって、布に綿を入れてくけた紐を帯に締めていました。形状で分けると、平らに組まれた「平組(平打ち)」と丸く組まれた「丸組」が代表的で、他に「角組」等があります。

・・・帯のTPO・・・
帯締めも、格や季節に合わせて使い分けます、黒留袖や色留袖の礼装用には、組目が蜜で、最も高級といわれている高麗組などの平組が向きます、丸組はでは厚手でボリューム感のあるもがよいでしょう、訪問着、付下げ、色無地等には、きものや帯の色と調和しやすいものを選びますが、礼装用に着る場合は、あまり細いものは貧弱に見えるので、やや幅広か、ボリューム感のあるものを選びます、色を選ぶときは、帯を目立たせたいのなら帯と同色で濃淡を、きものを目立たせるのなら、帯、帯揚げ、帯締めを同じ系統の色にします。

・・・帯留め・・・
フォーマルなら宝石、蒔絵、象牙など、カジュアルなら趣味的なものを。


「花火」
由来・・・夏の夜空を彩る花火は夏祭りに欠かせないもの、1543年鉄砲伝来と同時に、火薬の製法技術が伝わり、その技術が研究されて、観賞目的の花火が生まれたと云われています、初めて花火を見た日本人は、「徳川家康」だという説もあります。

花火大会の歴史・・・1732年に起きた大飢饉の死者を慰霊するため、翌年八代将軍「徳川吉宗」は隅田川で、水神祭を行い、初日に花火を打ち上げた、これが今の隅田川の花火大会の原型とされる「両国川開き納涼花火」の始まり、両国橋下流の花火を、花火製造の元祖「鍵屋」が、上流の花火を分家の「玉や」ヶ打ち上げる。この競演によって「タマヤー・ガギヤー」という掛け声が生まれた。

・・・・・豆知識・・・・・
祭の衣装
「半纏」の由来
袖の丈が半分程しかないので「はんてん」という、江戸時代に「防寒用」として、男女ともに用いられていた、その「半纏」の背中に大紋を入れた、火消し装束の「印半纏」が普及し、それが職人の仕事着となった、最近は職人の仕事着としてよりも、祭の衣装として用いられている。
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【和を楽しむ 七月 「ぞうりの話」】
夾竹桃

夾竹桃

ぞうり

ゆかたの講習会

・・・・・ 夾竹桃 ・・・・・

七月の花
(ダリア・向日葵・蓮・百合・松葉牡丹・月見草・夏日紅・白粉花・夾竹桃)
夾竹桃・・・・・原産はインドで、江戸時代末期に渡来、紅色の花が主で、白色薄黄色もあります。
花が桃の花に、葉が竹に似ていることから「夾竹桃」と名づけられたそうです、どこか東洋的な風情を感じさせる花ですが、「強い毒性」があり、「夾竹桃」の枝を、バーベキューの串に使った事による死亡事故がフランスで発生したこともあるとのことですが、一方では打撲への薬効が知られています。
広島で原爆が投下され焼野原になり、一世紀近くは草木が生えてこないといわれた土地にいち早く花を咲かせ、復興の希望の光を与えた力強い花であるといわれています、現在では 広島市の花ともされております。

七月(文月、文拡月、棚機月、女郎花月、蘭月、親月、涼月)
「夏支度」・・・夏の土用の天気のよい日、衣類や書籍等を陰干しにし、風を当て、虫やカビの害を防ぎます、入れ替えをしながら、「祖母」や「母」のきものを前に、しみじみと感慨にふけり、しばし時間を忘れるひとときでもあります。
7月のきものは単衣から薄物へと変ります、又、ゆかたで楽しむ季節でもあります。


「ぞうり」
ぞうりの素材には、布製。皮製、エナメル、夏用として、麻、パナマ等があり、かかとの高い物程、格が高く、ドレッシーです。
足は第2の心臓といわれておりますが、鼻緒で足のつぼが刺激され、健康によいとされています。
ぞうりの履き心地は、台の形(台の反り加減)と、足の土踏まずしっかりと支えられ、安定感あるものと鼻緒の素材で決まります、指に負担のかからない、フェルト、組紐状のもの等、ソフト感のあるもので、長時間履いても疲れない物を選びましょう!!

ゆかたの講習会
明☆きもの学院で涼しげにすっきりと、「ゆかた」を着こなしてみませんか?
「ゆかた」を簡単に美しく着るポイントと帯結びをお教えいたします。今年はひときわ目立った着方でお出かけしましょう。
専任講師が丁寧に指導いたしますので、お仲間と、楽しくお稽古しながら、技術が身につきます、お気軽にご参加ください♪♪
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【和を楽しむ 六月 「更衣の話」】
ツユクサ

六月

梅雨

ベニバナ

・・・・・ツユク サ・・・・・

 鴨頭草(ツキクサ)に衣は摺らむ朝露にぬれての後は変(ウツロ)ひぬとも

万葉集にあるこのつき草とは、「ツユクサ」の事です。
衣に色が着く草という意味から、転じた名前だという説もあります。
日本では古代、この花の汁で布を染めました。
現在でも、友禅の下書きに使われている青色紙は、オオボウシバナ(ツユクサの品種のひとつ)の花の絞り汁を、和紙に染み込ませたもので、本染めが済むと水 で洗い、下絵を消しています。
水に濡れるとすぐ消えてしまう はかない染料で、光にも弱く、色があせてしまうことから、人の心の移ろいやすさになぞらえて詠まれたのが、これらの古(イ ニシエ)の歌なのでしょう。

 六月(異称 水無月・風待月・松風月・季夏)「更衣」の季節、古くは 平安時代の宮中で季節により、装束を季節にあったものに改める更衣の行事がありました。
旧暦の4月1日と10月1日に行われ、室内の装束や家具調度品も替え、季節の風情を目で楽しみました。
明治時代には庶民の間でも、学校や職場での制服の着用が始まり更衣が定着しました。(現在は6月1日と10月1日)
又6月は梅雨(梅の実の熟す頃の雨、立春から135日頃が入梅)「うっとうしい季節」きものは単衣になり、「絽縮緬・絽紬・紬縮緬・絹紅梅・紗袷」などこ れほど素材や織に、変化を持たせる時期はありません、きもののお洒落をめいっぱい楽しみ、お出かけしましょう。
また、雨といえば傘、和傘は竹と紙でつくられる日本の傘です、糊や糸、防水のための植物油、仕上げの漆など、天然素材でつくられ、複雑ないくつもの工程と 熟練した職人の技が必要です。「置き忘れ出来ない」傘なのです。


 六月の花のひとつに、染料として名高い「ベニバナ」は、古くは古代エジプトでミイラを包んでいた布が「ベニバナ」で、染められていたといわれるほど、栽 培の歴史は古いようです。日本には6世紀頃、朝鮮半島を通じて入ってきたと考えられています。
「紅色の染料・防腐剤や薬・良質の油」
色々な顔をもちながらそれぞれの分野で非常に、秀でた性質を持っている、そんな「ベニバナ」。
「明☆きもの学院」も「きもの」に対して「ベニバナ」のように、さまざまな角度で秀でた学院になっていきたいと思っております。
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【和を楽しむ 五月 「家紋の話」】
和を楽しむ

和を楽しむ

・・・・・端午の節 句・・・・・

  五月五日を今では「子供の日」といいますが、本来は「端午の節句」といい、男の子の節句です。
端午の節句の飾りものは、女の子の節句である「雛祭り」に飾る優雅なお雛さまとは対照的で、勇ましく力強い、武将の人形や鎧、兜、旗指ものそして外には鯉 のぼりなど、それは親たちが子に期待する力強さを象徴するものなのです。
最近では節句の飾り物といっても簡単なものが多く、家のために誂えることは滅多にありませんが、昔は幕や旗指物などには、その家の「紋」が入っていたもの でした。

 「家紋」戦 国時代の武将は自家の紋をもっていました、戦場で立てる旗指物には家紋を付け、敵か見方かを見分ける目印にしていました、ですから、当時の武将の家紋はシ ンプルで、武田の「武田菱紋」、島津の
「丸の十字紋」、毛利の「長門三ツ星紋」のように、瞬時に見分けられる家紋を用いたわけです。
やがて江戸時代という平和な時代になると、家紋は大名の格式を象徴するものとして発達し、庶民もまた好きな家紋を付けるようになり、さらに変化に富むもの となっていきました。
現在では、儀礼的な装飾品やお着物などに付けられています。姓を名乗る以上は、せめて自分の家の紋くらいは知っておきたいものです。
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【和を楽しむ 四月 「桜の話」】
和を楽しむ

和を楽しむ
・・・・・ 卯月・・・・・

  四月の異称(卯月)干支の四番目の卯、又 種の植え時。
  清明 四月五日頃 桜花爛漫、清新の気がみなぎっている。
新しいことへの出発「入園」「入学」「入社」「転勤」等そしてそれらにはやはり『桜』がにあう。

  さくら(桜 櫻・学名 Prunus バラ科サクラ属・日本原産)
花と云えば桜を指すくらい「詩」に、「画」に、特にきもの等多くの紋様にと古来日本人にとって欠かせない『さくら』。
江戸駒込の染井村から植栽が始まり今では日本の桜の八割を占めると言われているのが「ソメイヨシノ」です。
花見の宴、農耕民族の日本では穀雨を過ぎ農作業の始まる前に楽しんで和合を計る目的も。
帯つき姿がとっても美しいこの季節、ときには花冷えの日も・・・・・。帯つきでは少し心もとない日は薄もののコート等羽織もののご用意をどうぞ。


下の写真はそんな華やかな桜の木の下で ひっそりと咲く花。源氏物語で有名な「静御前」をモチーフにした花「一人静・二人静」、同じ時期に    日本を代表する華やかな桜の下で こんな花も咲いています、
明・きもの学院でも 「静御前」の十二単などを講習に取り入れるなど、日本の民族衣装であるきものを大切に伝えて生きたいと思っております。

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【和を楽しむ 三月 「袴の話」】
和を楽しむ

・・・・・ 白酒・・・・・

  ひなまつりの唄にある白酒は、蒸したもち米と米麹に味醂または焼酎を混和して、20〜30日間放置したあとに、すりつぶしてつくります。
どぶろくの別称でもある「白酒」ですが、古くは「桃花酒」といい 桃の花びらを浸したものを上段に供えていました。
桃という字は、「木」をはずすと「兆」となり、未来を予知する字で、桃の力で長生きをし、しかも健康になる信じられていました。

  三月に入ると 卒業式シーズンとなり 袴姿の学生さんをよく見か けるようになってきます。
以前は 色無地・紋付・紺の袴で、やや高めに袴の紐を結び きりっ!と後上がりに着つけた姿は、凛々しく見えたものです。
最近では 胸から袖にかけて 大きな柄(模様)があり、華やかなきもので、袴も色ボカシで刺繍もあり、その姿もかわってきているように思えます。
きものも羽織も後下がりに着つける和装の中で、「袴」だけは後上がりに着つけます、それだけに「袴」の丈が重要になってきます。
(男子の「紋付」「羽織」「袴」は、慶弔両用の礼装になります)

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【和を楽しむ 二月 「半袴の話」】
和を楽しむ

・・・・・ かまくら・・・・・

  秋田地方には2月15日にかまくらと呼ばれる雪洞をつくり、子供の行事が行われる、
2メートル四方位の雪の中にわらを敷き、オスズの神と呼ばれる水神を祭り、灯明をともし、供物をあげ、子供達は火鉢をかこみ、甘酒をいただき もちを焼て食べる、古くは小正月(1/15)の晩の行事である。

  衿元は、きもの姿の一番目立つきものの基本であり要です、常に清楚であり、品良く美しい ものでありたい、普段着の衿の出し方、又正装での衿の出し方が違い、これを格式を表すといわれます。
白いものだけでなく、正絹の黄なりであったり、刺繍や友禅染め、しぼりの半衿などがあり、着ていくものによって、楽しんでみるのも又おつなものではないか と思います。

明きもの学院では
今年は日光市湯西川でかまくら祭りに雪の中で、明流「着付け舞」を公演する予定です、この写真は現在の湯西川のミニかまくらです、観光客も一年のこの時 期、すばらしい祭りを楽しみにたくさん訪れると聞いています。

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【和を楽しむ 一月 「足袋の話」】
和を楽しむ

・・・・・ 繭玉(まゆだま)・・・・・

  『1月1日の元旦は『大正月』と呼ばれ、お神酒を飲んだり、神社に初詣に行ったりと、神様を祭るイベントとして定着しています。
一方を、1月15日または14日から16日を『小正月』と呼び、餅を繭の形に小さく切り、柳などの枝にたくさんつけた『繭玉(まゆだま)』を飾り豊作祈願 などの農業に関連した行事や家庭的な行事が中心となります。
そのため、正月準備に忙しかった女性たちをねぎらう意味もあり、『女正月(おんなしょうがつ)』という言われ方をすることもあるそうです。 』

  年の始まり、何事も足元からという事で、一月は足袋のお話です。
足袋は、小はぜという爪で止めます。普通4、5枚のものが使われ、数が多いほど足首が隠れます。花嫁や役者さんなどが履いていますので、結婚式や舞台を見 る機会に注意して見てみると面白いですよ!

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